戦国時代 歴史

戦国時代の歴史

「戦国時代」という言葉が、使われたのは歴史的に古い記録があります。

応仁の乱以後の乱れた世相を、当時の公家が古代中国の「春秋戦国時代」の乱世になぞらえ「戦国の世」と表現したのが最初で、語源と言われています。

一条兼良の『樵談治要』の「諸国の守護たる人廉直をさきとすべき事」の条に「諸国の国司は一任四ケ年に過ぎず、当時の守護職は昔の国司に同じといへども、子々孫々につたへて知行をいたす事は、春秋の時の十二諸侯、戦国の世の七雄にことならず」と記されています。

また近衛尚通の日記『後法成寺尚通公記』の永正五年(1508年)四月十六日の条に「戦国の世の時の如し」とあります。「…にことならず」「…の時の如し」という直喩表現もあるように、当時の公家が使った「戦国の世」という語は、直接的には古代中国の戦国時代を指していました。

武田信玄の『甲州法度次第』の第20条に「天下戦国の上は、諸事をなげうち武具の用意肝要たるべし」とあり、当時の武家も自分たちが生きている時代は「戦国」である、という認識を持っていたようです。

江戸時代にベストセラーとなった『日本外史』でも、巻十一に「降りて戦国に至り、この兵各々群雄の分ち領する所となり(中略)之に教へて後戦う者は、武田・上杉より過ぐるはなし。故に我が邦の兵の精はこの時に極る」とあります。

ただし、漢文で書かれた『日本外史』でさえ「戦国」という語はほとんど使われません。
日本史の時代区分としての「戦国時代」という術語が一般でも広く使われるようになるのは、明治維新以後のことのようです。

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