戦国時代 防具 甲冑 変遷

戦国時代の防具、甲冑の変遷

今の時代に見ても惚れ惚れするような美しく見事な甲冑が活躍した戦国時代ですが、戦のやり方や使われる武器によって、変遷を遂げてきました。

戦国時代のごく初期には、上級武士は平安時代から使用されていた大鎧を身につけていました。

この頃の戦は騎馬で弓矢を打ち合う一騎打ち形式だったため、矢から体を守るための鉄板を入れ肩を中心に重装備となる大きく重い鎧を身につけていました。重い鎧であっても、馬の鞍の上ではかえって安定し、戦えたのでした。

しかしながら、本格的な戦国時代になると、戦の形式も変化し、上級武士同士の一騎打ちから下級武士達も加わった集団戦になります。馬上では安定した大鎧も、下馬し、徒歩で戦うには向かなくなっていました。

そこで、胴丸と腹巻が活躍します。
本来、胴丸や腹巻は、騎乗の上級武士に従い歩く下級武士の装束で、大鎧に比べ足の動きが取りやすいように工夫されてはいるものの、装備としては簡素なものでした。
本来は兜なども装備せず、袖もないままに使われていたものですが、やがて上級武士が大鎧から胴丸や腹巻を採用し出すと、上級武士に相応しい装飾が施されるようになり、兜や袖がつけられ重装備に変化していきます。

そして室町時代末期頃から、戦に槍や鉄砲が使われるようになると、それまでの装備では防ぎきれなくなり、胴丸を進化させた当世具足と呼ばれる鎧が登場します。
当世具足は胴の部分が一枚板の鉄でできており、隙間なく体を覆うことができるとともに、大量生産もしやすい形に工夫されています。これに顔を覆う面頬など、各所に小具足をつけて、全身が防御できるようになりました。

当世具足とは、戦国時代の最新の鎧、という意味の総称で、武将によって形状も材質も変わった、実にさまざまな具足が存在します。
戦国の世では、敵味方が入り混じって戦うため、敵味方を識別するため、また武将たちは戦場での自己顕示を目的にして、競うように独自の当世具足を用意したのです。

有力な武将ほど、自らの力と権力を誇示するために、凝った具足を用意しました。
戦場で誰よりも目を引き、それに相応しい実力を見せつけようという武将達のその意気込みが、やがて天下統一という野望に結びつくのは、当然のことだったかもしれません。
当世具足の見事さは、戦国武将達の心意気そのものが現れているのです。

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